大河ドラマ『青天を衝け』建築考証・三浦正幸先生から学ぶ~マチコの知らない”台所”の変遷~

マチコの知らない『台所の変遷』


こんにちは。好奇心のかたまり、小川新聞店のマチコです。子供の頃のあだ名はマルコでした。(『母を訪ねて三千里』のマルコでして、決して『ちびまる子ちゃん』のまる子ではありませんよ)


さて今日は江戸時代から明治になり、台所がどう変わっていったかという話をご紹介します。NHKカルチャーで三浦正幸先生の講座を受けて、面白かった内容をこちらの記事にしています。(※NHKカルチャー様と三浦先生には許可を頂いております。)


江戸時代には前回ご紹介したとおり、流しがなく、言わば垂れ流し状態でした。これでは不衛生で病気も蔓延するということで、明治になると台所改革が行われました。


                ①土間で立ち仕事をする女性



一番の大きな変化は座り仕事から立ち仕事に変わったことです。この図①の女性をご覧ください。しっかりと立って、なにやら作業をしています。よく見ますと土間で立っています。これは何故かというと、床で立って仕事をするのは下品だと考えられていたためだそうです。


そういえば子供の頃、玄関で立ったままお客様に挨拶すると母親から叱られました。必ず座るように教わったのですが、今は立ったまま「じゃあね~」なんて手を振って別れることの方が一般的ですね。昭和の時代はまだ立ったままというのは良くないことと思われていたのかもしれません。


この図の女性も着物を着ていますが、私の子供の頃は母がたまに着物の上から割烹着を着て料理なんかをしている日があり、そんな日は子供ながらに、なんとなく嬉しかった記憶があります。


図に戻って、流しを見ると木製で作られているのが分かります。女性の奥にクドがあり、レンジフードが付いています。つまり煙突が家に付いていたことになります。昭和30年代にクドが消滅し、昭和50年代に煙突も消滅したそうで、短い間しか煙突はなかったことになりますね。



②七輪で調理する女性

図2を見ると、うちわで七輪をあぶっています。素焼きの七輪がこのころ大流行したそうです。今でいうところのカセットコンロ的な役割ですね。こちらの女性は床に座っています。


「立ったり座ったり。どゆこと?」という疑問があるかと思いますが、明治の末までは流しでの仕事以外は座っていたとのことです。しかし、この姿勢絶対に腰痛になること間違いなしですね。

この七輪は関東では四角で、私の住む岐阜では丸型でした。地方によって異なるようですね。そういえば、実家の近くに『七輪亭』というお食事処があって、どうも一人一つ七輪が与えられて、そこで何か焼いたりして食べるお店らしいということでした。一度も行ったことがないのですが、結構流行っていたので、皆懐かしさを感じていたのかもしれませんね。


③足つきのまな板でお豆腐を切る女性

図3では座ってまな板を使っています。この図はだいたい日露戦争後の台所の姿だそうです。

お豆腐らしきものを包丁で切っていますね。こちらは正座していますよ。着物にたすきをかけています。和装でのお料理はやりにくかったんじゃないかなと思いますね。長方形のエプロンのようなものが見えます。この絵の女性が可愛いなーと思います。アッ!今気づきましたが、この女性七輪の女性と同一人物ですね。着物も一緒だ!!



④ガスコンロ登場&女性の立て膝

図4ではとうとうガスコンロが誕生しました。ですが、まだ床に、じか置きです。女性は皆日本髪ですね。『青天を衝け』では渋沢栄一はすでに髷を落としていましたが。。


この女性は立て膝をしています。最近の大河ドラマでも立て膝を見るようになってきました。昨年の『麒麟がくる』では帰蝶や光秀の母君が立て膝をしていました。一見立て膝ってお行儀が悪いのかなとも思っていましたが、見慣れてくるとこれはこれでいい感じと思います。



⑤明るい台所昭和8年(1933年の間違いです)

続きまして昭和8年の台所です。これはもうすぐ太平洋戦争という時期にあたります。

こちらを見ると、流しがセメント製です。想像に難くありませんが、やたらめったらお皿が割れて仕方がないので、昭和40年代にこのセメントの流しは姿を消したそうです。そして、ステンレスが主流になりました。大きなガラス窓があり、明るく作業しやすい台所に様変わりしています。



⑥三越呉服店の広告ー日本初のシステムキッチン(1923年の間違いです)

こちらは1923年(大正12年)で今の三越デパートの元となった『三越呉服店』の広告となったものです。シンクは木製にブリキが貼ってあります。


そして大注目は図の右の方、冷蔵庫らしきものが見えますね。扉が上下にありますが、上の扉には氷を入れます。冷蔵庫と言っても、氷で冷やすだけのものだったと。ということは氷が解けたらはい終わり!ってことです。つまり氷を毎朝買わなくてはいけませんでした。


そう言えば、私が子供の頃は氷屋さんというのが大垣市内にも何軒かあって、店の外に氷と書いた旗のようなものが掲げられていました。今は全然氷屋さんは見なくなってしまいました。こうして思い出すと、子供の頃普通にあって、いつの間にか音もたてずになくなってしまった業種があるのですね。。


この広告を見るといかにも風通しがよく清潔感がありますね。中央にアイランドがあって、照明もついています。当時の女性の憧れのキッチンだったのではないでしょうか。江戸時代から比べると随分と今の私たちのキッチンに近づいているのが分かります。



今はまだパリにいる渋沢栄一ですが、晩年はかなり裕福になっていたので、冷蔵庫を持っていたそうです。

当時で言うと家1軒分ほどの価格だったと。


もしかしたら渋沢栄一記念館にその冷蔵庫があるかもしれないとのことでした。

私も機会があったら行ってこの目で確かめたいですが、コロナ禍であまり県外に行くことは難しいので、

お近くの方で行かれた方は是非教えて欲しいです。


小川新聞店マチコまでご連絡下さい😘

今回はふんだんに可愛いイラストを添付して、台所の変遷を見てきました。今当たり前に使っているキッチンですが、最初は衛生面で問題大ありだった垂れ流し状態から現代の清潔なキッチンへと変化してきたわけですね。

また女性の台所の仕事も、昔と比べたら考えられないほど楽になってきたのだと分かりました。お湯を沸かすのはクドを使わずともティファールでものの数分で終わり。七輪なんてなくても、グリル機能を使えば、うちわであおぐ必要もなく、煙はレンジフードが自動で吸い取ってくれる。お米を炊くのだって、難しい火加減はすべてIH電気釜が代わりにやってくれる。お片付けは食洗器があり、毎日氷を買いに行かなくても冷蔵庫があり、調理済みのお料理をしまっておける。


なんと快適な生活なんでしょうか。当たり前に思っていましたが、今回昔の台所を見てきて、今の生活がどれほど恵まれたものか改めて分かりました。もっとおいしい料理を日々作りたいとも思いました😊(6回目にして絵文字が使えるようになりました。)

さて次回は最後のお風呂事情+ちょっとだけ寝室についてです。

こちらも面白かったです。お楽しみに♪


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