大河ドラマ『青天を衝く』建築考証・三浦正幸先生から学ぶマチコの知らない”東京駅”



一転二転してたどり着いた世界最大の【東京駅】


出来上がった東京駅の設計図を当時のアメリカ大統領に見せたところ、“こんなに大きい駅はアメリカ合衆国にもないぞ!なんでこんなに大きいんだ!”(←もちろん英語です)


と、お怒りを受けたほどのドデカ中央駅の誕生だったそうです。(三浦先生いつも歴史エピソードを交えての楽しい講座)





今日は東京駅だけにフォーカスしてこのブログを書き進めたいと思います。


今まで何度か出てきたレンガ造りですが、どうやら日本にはレンガ造りは向かないという結論に達していました。 というのも明治24年の濃尾大震災の折に、レンガ造りの3階建ての建物が全て崩壊してしまったためです。

その頃震度という値はまだなかったのですが、換算すると震度7相当だったとのこと。


史上最大の大震災でした。


最初に東京駅の設計を担当したのは、ドイツ人のフランツ・バルツアーというお雇い外国人でした。出た!お雇い外国人。これまでの話を思い出すと、お雇い外国人でうまくいった試しがない。さすがにマチコもなんとなく暗雲が見えていました。

案の定ヘンテコリン(死語ですか?)な東京駅設計図が完成しました。パチパチ(予想通り?)





中途半端な日本風の駅。大名屋敷の表門風の乗車口正面。

擬洋風建築でも同じようなことがありました。日本の大工さんが一生懸命に欧風の建物を頑張って造ったけれど、間違いに次ぐ間違いで、これまたヘンテコリンと言うしかなかった。(詳しくはマチコの知らない擬洋風建築の回をご参照下さい)“このバルツアーの設計は言ってみれば擬和風ですね”と三浦先生朗らかな苦笑い。この講座ではよくお見受けする先生の表情です。


この設計図を見たご存じ辰野金吾氏は「赤毛の島田髷」と批判したそうですよ。


また明治政府としては欧米列強に追い付け追い越せというスローガンを掲げているのに、その思惑とあまりに違い過ぎていたために、あっさりボツとなりました。


言い忘れていましたが、このドイツ人バルツアーも、建築の専門家ではなかったのです。なんと彼は鉄道技師でしたー。遠くないけど、近くもない。ただ彼にもいいアイデアはありました。

それが東京駅の統合です。東北に行くには上野駅、東海道本線は新橋駅が始発だった。駅がバラバラで非常に不便。東京駅を作ることで一つに繋がったという立派な功績です。

そしてお待ちかねの辰野金吾登場です。

辰野金吾は渋沢栄一の推挙によって東京駅の設計をすることとなりました。日銀も設計しているのは皆さまもご存じかと思います。


当時最先端だった鉄筋コンクリートで東京駅は作られる。。その予定でした。


“最初は!”と言っておきましょう。


当時日本ではセメントを作ることができませんでした。イギリスの植民地から木の樽にセメントを入れて、船で運んできたそうです。

この東京駅の設計には7年かかったそうで、建築費用も42万円から287万円へと跳ね上がりました。これを現在の通貨に換算すると42億円から287億円になったということ。6倍です。


今だったら国会で大問題になりそうな事案ではないでしょうか?東京オリンピックの競技場だって大変でした。

このときの設計図がアメリカ大統領にディスられたシロモノです。ちなみに気になって、この時の大統領を検索したら、ウイリアムタフト大統領でした。(明治43年1910年)お髭立派ですね。




金吾は「デカくていいんだ!!もしスペースが余ったら練兵所にしたらいいんだ!!」と我を通したそうです。笑


ところが後半になって急に金ちゃん(金吾のことです)は


「ダメだ!コンクリートがかたまらないかもしれない。やっぱレンガにするもんね」


と謎の計画大変更。いわば『東京駅の変』を起こしてしまいました。


(※三浦先生のお話によりますと、金ちゃんが固まらないと考えた理由としては、樽に入ったセメントが赤道をまたいで日本に運ばれて来るので、しけて化学反応を起こす。そうなるともう二度と固まらない。業界用語ではセメントが“風邪をひく”と表現するそうです。業界用語も習った♪)


というわけで、大正3年(1914年)鉄骨レンガ造りという世界最強の駅ができました。当時最大だったロンドン駅をおして世界一の規模。関東大震災でもビクともしなかった金ちゃんの東京駅。しかし昭和20年第二次世界大戦では焼失。





今見てみると、レンガ造りの東京駅がおしゃれだなってマチコは素直に思いますが、当時としては世の中の流行りは鉄筋コンクリートだったので、完璧時代遅れの建築物だったのでした。金ちゃんはやはりやらかし男だったのでした。




中の様子は写真のようでした。天井が高くてカッコイイなと思いますが。。。


実はマチコは駅や空港が大好き。駅ばかり集めた写真集も持っています。脱線しますが、映画「ひまわり」に出てくるイタリア ミラノの中央駅にも行きましたし、「哀愁」に出てきたロンドンのウォータールー駅にも行っています。

駅に行くと心がざわざわします。駅を色々思い出していたら、古い記憶がどんどん出てきてしまいました。

人との出会いや別れが駅や空港には見え隠れするものですよね~。


脱線ばかりですみません。まとめますと、今回は世界最強だけどデザインが50年時代遅れの東京駅についてのブログを書きました。


次回はデザインは世界最先端だけど世界最弱の建物について書こうと思います。さてどこの建物だと思いますか?

お楽しみに♪




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